織絵屋のブログ
01/18: 芸者衆の願いから生まれた『付下げ』
現代では、付下げと訪問着の違いは、仕立上がった状態では判別しづらいと思います。
明治時代までの晴れ着としては「小袖(全体に絵羽模様)」と「裾模様(上前と下前にだけ絵羽模様)」の二種類でした。
大正時代に、小袖を簡略化した、今でいう訪問着が作られるようになりました。これは、胸部分から両袖、そして裾全体に絵羽模様を描いたものです。
これらは全て、白生地を仮絵羽(着物の形に粗く縫ったモノ)にしてから模様を描いた着物でした。
着物の数が必要な芸者衆は、訪問着をさらにコストカットして、華やかだけれど安価な着物を求めました。
それが、昭和の初期に作られた、今でいう付下げです。これは、白生地を仮絵羽にせずに、反物のまま、左の肩と前身頃、そして左の内袖、右の外袖だけに模様を描いた着物です。
仕立て上がった付下げを前から見ると、訪問着にそん色のない着物になります。
これは、染の質を落とさずに素敵な着物を作るという素晴らしい発想でした。
ちなみに、なぜ、袖部分の模様が左の内袖と右の外袖だけかというと、三味線を弾くときに、模様がお客様に華やかに見えるようにしたのです。
※本来の付下げは一方付け小紋のことです。
付下げ、訪問着が気になる方は、是非、お問い合わせ、または一度ご来店下さい。、