織絵屋のブログ

August 2024のブログ記事

Category: きもの歳時記
Posted by: Orieya

同じ東北に住みながら、最北の着物産地と呼ばれる山形県米沢市の米沢織の着物を、どれほどの方が知っているでしょうか?また、持っているでしょうか?

米沢で絹織物業が盛んになったルーツは米沢藩9代藩主「上杉鷹山」にあります。

今から260年ほど前、九州・宮崎(日向)の高鍋藩から上杉藩に婿入りした鷹山は、破綻寸前の財政を立て直すために一大改革を行いました。藩の収入を増やすために新しい産業を興す必要があったからです。

その一つが、絹織物業でした。まず、空いている土地には藩士の庭にまで桑の木を植え、養蚕に力を入れました。そして、隣国の新潟・小千谷から染織の職人を招き、藩士やその妻女に新しい染織技術を習得させたのです。

また、遠くの琉球(沖縄)からも絣職人を呼び寄せ、絣技術も習得させたのです。この絣の織物は、米琉絣(米沢の琉球絣)と呼ばれるようになりました。

やがて、これらの絹織物業は米沢藩の大きな経済基盤になるほどまでに発展していったのです。

他の産地との大きな違いは、藩士が絹織物業を担ったことで、同じ織物を織り続けるのではなく、それぞれが独自に新しい織物を考案し、革新を怠らず、常に進化し続けてきたことです。

Category: きもの歳時記
Posted by: Orieya

前々回の『竹』、前回の『梅』に続いて、今回は『松』の文様について述べます。

 

松は、古代中国では風雪に耐え、厳寒の冬にあっても常緑を保つことから節操が高いことを意味しました。

 

神通力のある仙人が松の木に住み、松の実を食すという仙人思想と結びついて、松は長寿延命の印とされていました。

 

また、松の文字の「公」は男性・父親を表す文字です。『松竹梅』は『父・子・母』を指します。

 

日本でも、古くより、松はどんなに痩せた土地や岩の割れ目でも、長い時を待ち続けて、やがて、芽を出し生長する生命力、千年を超える寿命、また、四季を通して葉の色が変わらない「常盤木(ときわぎ)」であることから縁起の良い吉祥のシンボルとされてきました。

 

松の文様には様々な種類があります。

 

松の木そのものの文様としては、生命力があふれる「若松」、長寿で姿が雄々しくも美しい「老松」、門松のルーツと言われる「根引き松」などがあります。

 

また、松皮菱文様は、剥いだ松の皮をデザイン化したものです。

 

松葉は、他の木の葉と違い、二枚の葉が元で結ばれ、落葉しても二枚の葉は離れないことから、松葉文様はあの世までも一緒にいるという永遠の愛・結びつきを表します。

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Posted by: Orieya

織絵屋の松山です。北国・岩手に住む私たちにとって、待ちこがれる春の訪れ。

 

その中で百花に先がけて咲く梅。梅の開花は「春はもうそこまで来ていますよ!」といううれしいお知らせになりますね。

 

今回は、梅の文様について述べます。

 

古来より、梅は寒さの最も厳しい冬に香り高く咲くために、特に尊ばれてきました。

 

梅の木は、奈良時代に中国から輸入され、中国文化の「学問に励むと梅が咲く」という故事『好文木(こううんぼく)』により、貴族に好まれ、当時は、花見と言えば桜ではなく梅の花でした。

 

菅原道真は特に梅を愛したことで知られ、やがて、天神信仰と普及につれて、梅は中世になると庶民の間でも人気が高まりました。

 

そして、梅の文様は着物や帯の文様に長く使われるようになり、今に続いています。

 

前回、『竹の文様』でも述べましたが、『松竹梅』は「待つ・産む・子供」を意味します。

 

梅は、中国では文字通り「母」を表しています。厳しい寒さに耐え、香り高き花を咲かせる姿は、まさに、子どもを産み育てる母親の尊さに重なります。

 

どこか艶やかで、華やかな桜文様に比べ、女性の品格、強さを表現してくれる梅文様は、大人の女性に取り入れと欲しい文様ですね。

Category: きもの歳時記
Posted by: Orieya

織絵屋の松山です。竹と笹の違いは、竹の子が成長する途中で皮が落ちるのが竹で、皮が残るのが笹だそうです。

 

日本人は、古くよりおむすびや団子を竹の皮や笹の葉で包んで、腐るのを防ぎ、また、箸やカゴなど生活道具として利用し、竹はなくてはならないモノでした。

 

今回は、そんな竹の文様について述べます。

 

竹には、日本最古の物語と言われる『竹取物語』に代表されるように「子供」の意味があります。

 

以前、『松竹梅』の文様は「待つ・子供・産む」の意味で、早く元気な子供が生まれるのを待っているわ!というメッセージが込められているのですと述べました。

 

お正月の門松は、貴族が小松引きという行事で持ち帰った『子の日の松』を、新年の長寿祈願に飾ったのが始まりだそうです。

 

「竹取物語」が完成した平安中期以降、松と竹を一緒に飾るようになったと言われています。

 

これも年神様に子孫繁栄を願うものと言えます。

 

竹は3ヶ月ほどで親竹と同じ大きさまで生育する旺盛な生命力があります。ちなみに、かぐや姫も3ヶ月で年頃の娘に成長しました。

 

また、竹は節があり、その中は空っぽです。これは、腹に一物がない高潔さと節操を意味します。

 

このような意味がある竹も文様は、今でも着物や帯の文様としてたくさん使われています。

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