織絵屋の松山です。今回は江戸小紋と伊勢型小紋の関係について述べます。  

 戸小紋の名称は、比較的新しくて、昭和30年に人間国宝に認定された小宮康助氏が他の小紋と区別するために命名し、その後、広く使われるようになりました。

 

 そもそも、小紋とは小さな紋様を彫った型紙を使って、連続的に染めた単色の着物のことです。

 

 その型紙は古くより伊勢の白子地方で作られ、伊勢型紙と呼ばれています。

 

 伊勢型紙は、諸説ありますが、ある和尚が1200年ほど昔、伊勢の不断桜の落ち葉に空いた虫食いの穴を見て、「型紙」を思い付いたという伝説があります。

 伊勢型紙は江戸時代に入ると、武士の裃を染める型紙として大きく発展し、型売り業者が各地にまで型紙を売り歩き、全国に広まりました。

 

 やがて、江戸中期以降になると、庶民の間でも流行し、幕府の奢侈禁止令の御触れと共に、遠目には無地に見える江戸小紋が男女とも広く着られるようになりました。

 

 伊勢型紙で染められた単色の小紋が伊勢型小紋ですので、江戸時代の裃から発展した単色の江戸小紋も伊勢型小紋の一部と言えます。